アニメレビュー

全24話で作り直そう!「ムーンライズ」レビュー

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作品情報

ジャンルはSF。
原作は「マルドゥック・スクランブル」の作者である小説家の冲方丁。
「蒼穹のファフナー」「PSYHO-PASS サイコパス」シリーズの構成・脚本家でもある。

監督は「進撃の巨人」で知られる肥塚正史。
アニメーション制作はWIT STUDIO。
キャラクターデザインの原案は「鋼の錬金術師」作者の荒川弘。

素材は一級品

今回はNetflixオリジナルアニメ「ムーンライズ」についてのレビュー。
シナリオ以外は一級品の惜しいアニメだった。

制作陣は名だたるクリエイターばかりで配信前から期待値が高かった。
キャラデザや映像は当然として、
マルドゥック・スクランブルもファフナーも物語が素晴らしい作品なので、
シナリオも重厚なものになると期待していた。
でもシナリオだけがダメだった・・・予想外。

主題歌はアイナ・ジ・エンドの書下ろし新曲で声優としても出演している。
アイナ・ジ・エンドの演技は独特だけど個人的には好き。

AIが決定権をもつユートピア

簡単に世界観とあらすじを説明するよ。
このアニメの地球は「サピエンティア」というAIが計画や方針を決定している。
全人類はサピエンティアの決めた方針・計画に従って動いている。

AIに支配されているというわけではなく判断を委ねている感じ。
人間にはできない完璧な判断をAIにしてもらってる。
サピエンティアの言うことなら間違いない!という感じ。

AIによる合理的な判断のおかげで地球からは差別・戦争・環境汚染はなくなって、
理想郷ともいえるような世界になった。
と思われていたけどしっかり見えない犠牲は確かにあった。

サピエンティアの計画の一つに月の開発プロジェクトがある。
月にも巨大な街や基地が建造されて多くの人類が居住するようになった。
しかし月開発を進めていた理由は、
汚染物質や犯罪者を月に投棄するためだった。
月を大きなゴミ箱にする計画という感じ。

その月ゴミ箱化計画が火種となって月に住む人々が反乱を起こす。
月の反乱軍である「ムーンチェインズ」と地球の軍隊である「ジョイントアーミー」の間で戦争が勃発するというのが簡単なあらすじ。

表面上は月と地球の戦争ではあるが、
実は全てがサピエンティアが計画した、
増え過ぎた人口を減らすための壮大なプロジェクトだったという裏がある。
SFロマンあふれる展開だ。

月と地球の戦争ではあるが物語の舞台はほとんど月面。
宇宙戦艦的なのは出てくるけどメインとなるのは白兵戦が多い。
主人公たちは月に潜入する強襲部隊。
小規模ながらこだわった演出と作画のド派手なアクションシーンになっている。

必見のアクション

1話冒頭はいきなり月での戦闘から始まる。
このアクションシーンで心掴まれる人は多いはず。
月の低重力というリアルな要素とSFロマンあふれる装備が組み合わさった、
作品の本気度が伝わってくる戦闘シーンになっている。

月は地球よりも重力がかなり軽い、
それだけ姿勢の制御が難しい環境といえる。
拳銃の反動も1発撃っただけで体が大きく傾いてしまうほどだ。
そんな環境下で銃を撃っても態勢を維持するためにマントをなびかせる。

理屈はよくわからない。
銃の反動と同じくらいの推進力を特殊なマントから発生させて、
反動を相殺しながら発砲している。
さらにはそのマントから生じる推進力を使って、
縦横無尽に高速移動しながら敵を制圧していく。

マントだけじゃなく武器もロマン溢れる技術が登場する。
「エングレイブ」という技術で拳銃、ナイフ、ライフルなど武器の形状を自在に変化させながら戦う。

高速で変形する武器と低重力下での立体的な戦闘が、
スタイリッシュでスピーディーな独特の戦闘シーンを構築している。
この戦闘シーンのためだけに一度視聴してみてもいいと思うくらい魅力的なアクションだと思う。

無鉄砲な主人公

冒頭にインパクトのある戦闘シーンで視聴者の心をガッチリ掴んだ後に、
主人公が月に行く経緯が描かれる。

主人公ジャックは普段はふざけた態度ばかりとってるノリの軽い青年。
しかし仲間思いな熱い心をもった金持ちのボンボンだ。

両親は大企業の社長で月と地球を結ぶ軌道エレベーターをサピエンティアの指示のもとで建造してる。
軌道エレベーターの完成式典に参加するがテロによって爆破事件が引き起こされる。

両親を含め多くの人が爆破の犠牲となる。
同時に月では地球から独立するという声明が発表され戦争が始まる。
両親の仇を討つために軍人となって月への潜入任務に参加することになる。

任務を遂行する中で主人公の無鉄砲具合が目立つシーンが多々ある。
居場所を特定されないよう通信機器を使用しないようにしてるのに、
スマホのようなデバイスでゲームを遊び始め敵に居場所を特定される。
他にも躊躇なく命令違反する場面が多い。

熱い主人公ではあるが無鉄砲なせいで周囲に負担をかけ過ぎているようにも見えてしまう。
普段は軽いノリのクセにすぐに熱くなったり仲間の死を経験したときは一番塞ぎこんだりする。
かなり情緒が安定しない印象だ。

個性的なキャラが多いが掘り下げがない

キャラデザ原案は「鋼の錬金術師」の荒川弘。
表情豊かで特徴的なデザインのキャラが多い。
主人公と同じ舞台のメンバーのみならず敵にも魅力的なキャラが多数登場する。

シリアスなシーンではみなカッコイイ。
コミカルなシーンでは面白く。
表情にもメリハリがあって観てて飽きないキャラクターたちだ。

しかし主要キャラであっても過去の掘り下げがほとんどない。
どういう目的で軍にいるのか、
どういう過去があるのかが全く語られない。
バックボーンが曖昧すぎて、
キャラの行動に説得力が足りないと感じてしまう場面もあるのが惜しい。

中盤までは名作の予感

物語中盤くらいまでは映像・キャラ・シナリオ全てがハイクオリティ。
しかし中盤過ぎたあたりからシナリオが音を立てて崩れ始める。
本作は全18話なのだが本来24話くらいで作られる予定だったのでは?
と疑ってしまうようなシナリオ展開となっている。

物語が進むにつれて圧倒的に説明が不足していたり、
キャラの行動や言動に首を傾けてしまう場面が増えてくる。

謎要素の多くが解明されずに終わってしまう。
「Lゾーン」という謎の生命体や「SEED」と呼ばれる次世代の人類を想像する計画など、
SFロマンたっぷりな要素がどんどん出てくるのはいいのだけど、
最終的には大した説明や解明がないまま終わってしまいモヤモヤする部分が多い。

キャラクターの行動についても説得力が足りない。
後半に差し掛かり地球軍「ジョイントアーミー」の司令官だったピッター司令が裏切り、
その後は月の反乱軍「ムーンチェインズ」の幹部的な立場になる。
軍の司令官がまで上り詰めた人間が裏切るって相当なことだと思う。
しかし過去が語られたりはせず明確な動機はわからない。

ちなみに主人公も事情があり同時期に軍から離脱してムーンチェインズに同行している。
その後しばくして主人公が元々所属していたVC3強襲部隊が襲撃してくる。
その襲撃でピッター司令はあっさり殺されてしまう。
殺したのは主人公の幼馴染であるリースだ。

昔の仲間が今の仲間ではないかもしれないが、
行動をともしている人物の1人を殺した重い雰囲気の中、
現場に駆け付けた主人公の第一声は「よお、久しぶり」。

空気が読めてなさすぎる。
ピッター司令の死体が転がってるのにさすがに軽すぎる第一声。
自分と周りの状況が理解できてないアホのように見える。

最後はなんかこう雰囲気でいぇーいって感じ

終わりよければすべてと良しというが、
残念ながら終わりも良くなかった。
終盤に大きなイベントが続くのだが、
連続する3つのイベントすべてがご都合展開になってしまっている。

終盤に差し掛かりアイナ・ジ・エンドが物語のキーパーソンとなってくる。
細かい理由は省くが地球軍から命を狙われるようになる。
主人公はアイナ・ジ・エンドを守ろうと行動しており、
地球軍から離脱して月側に協力している。

1つ目。
主人公の幼馴染であるリースは、
サピエンティアの指令を忠実守りアイナ・ジ・エンドを抹殺しようとする。

最後にアイナ・ジ・エンドを追い詰め銃を突きつける。
しかし「私には撃てない・・・」とお約束のセリフを吐くのだが、
実はここに至るまでに散々マジで殺しに来ているのでいまいち納得できない。

2つ目。
なんやかんやで戦争が終結した後、
月の指導者フィルが逮捕され地球に連行される。
実は捕まったのはわざとでサピエンティアを破壊するための作戦だった。
しかし捕まえた敵の指導者をわざわざ自分の目の前に
連れてくる不用心なAIなんでいないよなぁ⁉

ここにいるぞぉ‼
なぜかサピエンティアの中枢に連行されていく。
人類を導いてるAIは思いのほかアホだった。
武器を隠し持っていたフィルが自殺覚悟でサピエンティアを破壊し、
人類はAIの束縛から解放されることになる。

3つ目。
月の指導者を失ってしまったことを公表する場。
なぜかそこで演説台に立ったのが主人公ジャックだ。
正直この時点でなんで?ってなった。

俺はジェイコブ・シャドウ。
復讐のため地球から来た。
もう月の王はいない。いや、いらないんだ。
これからくる主役は、月に住む一人一人。
この月を地球が羨む場所にしたい。
そのために俺にも手助けをさせてほしい。
これが俺の報復だ。
二度と月と地球が戦争を起こさないようにしてみせよう。
ムーンライズ‼

以上が演説の内容。
多少端折ってはいるけどだいたいこんな感じ。
「ムーンライズ‼」は簡単に説明すると「ジークジオン‼」みたいなもの。
この演説を聴いた月の人々が呼応するようにムーンライズ‼と盛り上がる。
月並みな演説だね、月だけに。
・・・・。

正直かなり無理ある演説だった。
月の人々からしたら主人公が急に出てきても誰やねん。
って感じだ。
最初に復讐のために来たとか、
シャドウという苗字も言ってしまってる。
軌道エレベーター作ってた会社の息子ってバレたら、
それだけでかなりのヘイトを集めそう。

月の優しい人たちが空気読んで無理に「ムーンライズ‼」
って言ってくれてるようにみえちゃう。
ちょっと強引すぎるラストだと思う。

総評:実は元々24話だったのでは?

有名なクリエイターが集結しているだけあって、
世界観や設定はロマン溢れるものだったし、
キャラクターも映像も惹きつけられるクオリティだった。

しかしシナリオだけが本当にネックだった。
キャラクターのバックボーンやSF要素の解説が、
ストーリーからすっぽり抜け落ちてしまってる印象。

物語の構成も違和感があった。
先の時間軸をみせる手法が多様され過ぎてる。
時間軸がコロコロ変わる上に説明不足も重なり、
あれ?1話飛ばしたかな?と勘違いしてしまうような場面がある。

後半に近づくにつれてせっかくの設定や世界観が活かされることなく、
ノリと勢いで乗り切るような展開になってしまってるのが残念。
どう考えても尺の配分が上手くできていなかった。

やっぱり24話くらいで制作予定だったのが急な軌道修正が必要になったんじゃないか、
と邪推してしまうようなシナリオの違和感を感じる素材は一級品の惜しいアニメだったね。
無理な話だが24話で作り直してくれたら名作になってたかも知れない。

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